(一部抜粋)

目の前に、葉子さんがいた。白く整った顔。深く澄んだ色をした瞳。いつも通りの、人形めいた美貌。

だが、彼女が着ているのは、いつもの聖歌隊のような服ではなかった。

大胆な、姿だった。

薄く肌の透けて見える、白いレースのビスチェ。サイドを紐で縛るタイプの、同じく白いレースのショーツ。ガーターベルトで留められた白いストッキング。その全部が、ピンク色のリボンをあしらった揃いの可愛らしいデザインで統一されている。隠すためではない、女性の体をより魅力的に見せるための下着だった。

可憐な下着と相反するように、彼女の首には、大型犬の散歩に使うような、太い鎖のついた無骨な造りの首輪が巻かれていた。白いレースと、黒い皮革。その対比が、ひどく背徳的な雰囲気を醸し出していた。

首輪の鎖を愛おしそうに弄びながら、葉子さんが言う。

『ようこそ、『慰安の間』へ』

慰安の間――?

『そう、ここは『慰安の間』。全ての望みが叶えられる場所。心に痛みを持つ人だけが訪れることを許される、かりそめの夢の部屋』

夢…これは夢なの?

『そう。だから何でも許される。あなたが望むこと全てが』

私が…望む全て…

『あなたは何を望みますか?』

私は…

『さあ…』

妖艶な笑みを浮かべながら、葉子さんが鎖の端を私に差し出す。彼女の、首輪の鎖…

震える手で私が鎖を受け取ろうとした時、葉子さんが私の背後を指して言った。

『ところであの人はどうするんですか?』

振り向くと、お母さんが立っていた。


「―――――っ!!!」

声にならない絶叫と共に私は跳ね起きた。わけが分からないまま慌てて辺りを見回す。自分の個室のベッドの上だった。葉子さんもお母さんもいない。

「はぁ…」

私は大きく息を吐いて額の汗をぬぐった。額だけでなく、全身が汗にまみれていた。運動をした時にかく汗とは違う、セックスの匂いのする汗だった。

――夢…だったんだ。それにしても…

束の間の安堵の後、重い自己嫌悪が私を襲った。なんて夢を見るんだろう。あんな夢を見るなんて、もしかして私は欲求不満に陥っているのだろうか。しかも夢に出てきたのが、よりにもよってあの葉子さんだなんて。私が彼女に欲情しているとでもいうのか。


『ずっと、あの人に欲情していたんでしょう?』


…ああそうだ。そういえば最近誰かにそんなことを言われた気がする。だからあんなおかしな夢を見たのだ。でも、いつ、誰に言われたんだったろうか?

「おはよう、郁未。外はいい天気だよ」

『少年』のたわ言を黙殺して、私は着替えるためにシャワールームに入った。


下着が、汚れていた。


(「My Sweet Darling」より抜粋)